dingodingoの日記

夫、双極性障害。その家族の日記。離婚までの道のり。

過去日記2018年8月20日~26日の日記

8/20~24
娘の習い事の発表会のため、毎日練習に行っていたので、日中の様子はわからず。
ほぼ一日中家の中で過ごしていたようだが、我々が夕方犬の散歩に行けないためかすすんで代わりに散歩に行ってくれるようになった。

8/23
娘の発表会当日。
田舎から義父母を呼んでいたため、会場最寄り駅で待ち合わせさせた。
一緒に娘の晴れ舞台を見てもらった。
夕食にでも親子水入らずで行っておいで。と言っておいたのだが、頑なに嫌がり一緒に車で帰ってきた。

わざわざ田舎から出てきてもらったけれど、夜8時終了の長い公演だし、この日は朝からずっと会場に詰めているため、私も娘もくたくただから、夕食を一緒に食べることはできませんよ。とあらかじめ言っておいたのだが、やはりどこかに一緒に食べに行きたいと言ってきた。
第一私はこの人たちのことが大嫌いだということが何故伝わらないのだろう。。。
この夫婦のために、あんな目にあわされているのである。ご飯を一緒になんて食べたくないわ。

夫は家に一緒に帰ってきて、忙しい私の代わりに食器を洗ってくれた。

8/25
土曜日。
この日は、通院中の白髭の先生がいる病院で診断書をもらった。
田舎の実家での新しい病院に提出するためである。

リフォーム前、こちらで過ごす最後の週末なので、夜ご飯を3人で食べに行った。
3人で過ごす最後の晩餐みたいだった。
この日は少しビールを飲んでよいかと聞くので、少しくらいなら良いんじゃないの?といった。
いつだってお酒をやめろなんていっていないのだけれど。。

この最後の晩餐の時は、いつになくよく話していた。
小さい頃の習い事のこと。
自分からやりたくて始めた習い事は一つもなく、全てお義母さんが決めた。
両親が職場に押しかけてきたりするのが本当に嫌なこと。
病気になった後、最初のころは一生懸命通っていた、実家ではないほうの事業所に勝手に連絡を取って息子はどうなのかと聞かれてしまったことがとても嫌だったこと。
大学4年間のサークルでは、自分の父が社長であることをずっとみんなに内緒にしていたこと。
家族3人で過ごした、海外での3年間がとても楽しかったこと。
今までしてきた仕事全て、お義父さんが決めてきたこと。

だったら何故どこかの時点で逃げ出さず、ずっと両親の言いなりになってきたのかと、疑問に残る部分はいくつかあったけど、よく話してくれた。

笑顔もよく、とても楽しそうだった。

8/26
リフォーム準備で一日中片付け。
朝から手伝いをしてくれた。笑顔もよいし、久ぶりに汗をかいた。
片付けをすると気持ちいいと言っていた。
夜、夕食の支度もできなかったから外食。
よく食べていた。
異様に水を飲んでいた。